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減速する中国の外交力と周辺地域動向(13)

(続き)

5. 冷戦時の中国の行動原理は応用可能か

  以上、ベトナムとインドネシアの例を引き、中国側の行動原理を今後の教訓として考察してきた。これらはいずれも冷戦期の産物であり、その根本が第一世代の指導者である毛沢東が提唱した「毛沢東思想」と呼ばれる思想・理論・戦略の延長上にあるため、現在のグローバル化社会において同様の行動原理を適用可能なのかという指摘もあろう。
  だが今一度、注意しておかねばならないのは、中国は市場経済を導入した現在においても、政治思想においては毛沢東思想を掲げている点である。その証拠に、鄧小平が行った中国の改革開放政策や近代化政策などを含む「鄧小平理論」もまた、「脱・文革」「脱・毛沢東」と見られつつも、毛沢東が唱えた「實事求是」(事実に基づいて正しさを判断すること)に基づいているのである。この事実を見過ごすことはできない。
  今後の中国の動向を考える一助とする上で、まずはその点を解説したい。

5.1. 冷戦期の指導理論:毛沢東思想が持つ永続性

  毛沢東の思想概念である「毛沢東思想」には、1937年に「実践論」として書かれた理論が存在する〔187〕。その根本は「實事求是」(事実に基づいて正しさを判断すること)に基づいて状況判断や環境認識を正しく行うというものである。この実践主義に基づけば、中国政治で毛沢東が行った政策などは殆どが評価に耐え得るべくもない、未完の物語の悲しい一章をもたらした。だがあたかも毛沢東を否定に導くかのごとき同理論が、毛沢東思想の永続性を担保し、現在に続く鄧小平理論と毛沢東思想とを同一化させ、中国共産党の正史における理論的系譜を通貫し正統性の解体を防いでいる。
  「實事求是」とは要旨以下のような内容である〔188〕

  「実事」とは客観的に存在しているすべての事物のことであり、「是」とは客観的な事物の内部的なつながり、すなわち法則性のことであり、「求」とはわれわれが研究することである。われわれは、国の内外、省の内外、県の内外、区の内外の実際の状況から出発し、そのなかから、われわれの行動の導きとして、憶測でない固有の法則性をひきだし、すなわち、周囲のでき事の内部的なつながりをさがしださなければならない。

――1941年5月「われわれの学習を改革しよう」
(『毛沢東選集』第三巻,1968年,外文出版社)

  このなかで毛は、一貫して「主観的な想像」「一時的な熱情」を否定し、「客観的に存在する事実」にたよることで正しい結論を導くべきだと主張している〔189〕。同理論は、当時ソ連の経験に無意識にしがみつき、ソ連コミンテルンの支持を絶対化し、ソ連の権威で党内での地位を固めていたソ連派への痛烈な批判となった。ソ連派とは、博古、王明、張聞天ら「28人のボリシェヴィキ」を名乗ったソ連留学組グループであり、彼らは長征~遵義会議~延安での整風運動を経て、失脚に追い込まれていく。一連の流れのなかで、粛清に腕を振るったのもまた、鄧小平その人であった。
  毛の実践論は、エリートである留学組たちがソ連で聞きかじったような、断片的な知識・経験のみにしがみつく姿勢を批判していた。実際に行われた粛清により毛沢東は、党内における絶対的な皇帝の地位までのし上がった。しかし一方で、ソ連やコミンテルンに盲目的に従うことへの抵抗でもあった。中ソ対立の時期に中国を訪問したエドガー・スノーに対し、毛沢東は同じく思想家としての初期に執筆した「矛盾論」よりも、「実践論」の方が重要な哲学であると示唆している〔190〕
  そして結果的に、毛沢東思想は、根底にこの実践主義を据えたがゆえに、思想自体の永続性を担保した。毛沢東思想に基づいて毛沢東が行った政策(毛沢東路線)が誤っていたならば、それは実践を経て(毛沢東思想に基づいて)否定することができるという、毛沢東思想の工程に誘導可能な論理を形成したのである。
  当時この危険性を感じ取っていたのは、日本共産党であった。同党は「毛沢東思想」を「世界革命の経験の総括」だというのは、結局のところ中国革命の経験と理論を世界に機械的に普遍化していると非難を行っていた〔191〕

5.2. 鄧小平復権の起点としての毛沢東思想

  ともかくも、毛沢東思想は「実践論」の存在により、毛沢東思想に基づいて毛沢東思想を絶えず検証していくという事を通じて、その永続性を担保している。毛沢東の死去後、近代化を志向する鄧小平は、文革派の華国鋒と路線対立を深めるなかで、権力を奪取する方法に採用したのが「實踐是檢驗真理的唯一標準」(実践は真理を検証する唯一の基準である)と上述の毛沢東思想「實事求是」を持ち出すことであった〔192〕。鄧小平はこれにより、実践を通じ検証した結果として毛沢東路線(≠毛沢東思想)が間違いであった、と党内外に認識させることに成功した。毛沢東路線の無謬性を崩し毛沢東路線からの脱却を鼓舞することで、文革という「革命的」な大衆運動に疲れ切った党と人民を味方につけ、そしてその声を背景に実権を握った。
  しかしこの方法は、まさに毛沢東が唱えた人民戦争論の如しであった。華国鋒ら文革派からの奪権は、文革の推進を掲げる華国鋒らを徹底的に孤立させることの成功に拠っていたが、鄧小平にしてみれば、文革期に「資本主義の道を歩む実権派」として自身を失脚に追い込んだ方法であった。即ち鄧小平的なる環境認識と行動には、すでに毛沢東の影が付きまとっていたのである。
  鄧小平は、華国鋒から権力を簒奪し毛沢東路線(国内での階級闘争による社会主義建設)を否定する。しかし、そのうえで毛沢東思想(≠毛沢東路線)については、「毛沢東同志を主要な代表とする中国の共産主義者が、マルクス・レーニン主義の基本的原理に基づき、中国革命の実践経験を理論的に総括してつくりあげた、中国の実情に適した科学的な指導思想」と定義。毛沢東思想がもっともドラスティックに「実践」された文化大革命については、文革そのものが「毛沢東思想の軌道から明らかに逸脱したもの」とし、中国共産党の建国の父である毛沢東についての全否定は抑えることに成功した〔193〕
  鄧小平により提唱されたこれらの論理は、「四つの基本原則」として中華人民共和国憲法の前文にも明記されており、これにより現在も、「沒有共産黨,就沒有新中國」(共産党が無ければ今の中国はない)と中国共産党の無謬性を確保することに成功している〔194〕。これら鄧小平の示した政治的方向性は「鄧小平理論」と呼ばれ、現代でも毛沢東思想に続く中国の基本方針となっている。
  加えて、現在の中国を支える鄧小平理論は、外交政策においては毛沢東思想そのものと世界への捉え方が重複している。その象徴こそが、先に述べたゴルバチョフへの述懐である。ソ連末期の関係改善の中で中ソ対立論争を振り返り、誤りは双方にあったなどと述べている。だがそれも詳細に語ったものではなく国内向けではなかった。今も『鄧小平文選』には収録されていないという〔75〕。毛沢東中国において一番の敵は、共産主義世界の「老党(おやじ党)」であるソ連であった。そしてそれは鄧小平時代まで変わることはなかったのである。中華人民共和国の建国以降、最大の敵対国家は旧ソビエト連邦であった。
  鄧小平は、国内政治において「階級闘争による社会主義建設」(毛沢東路線)から「経済建設による社会主義建設」(鄧小平路線)へシフトを行ったものの、思想的には徹頭徹尾、毛沢東思想を起点にしていた。

5.3. 現在の中国:毛沢東思想を起点とする鄧小平理論を堅持

  絶妙な解釈のバランスをとりつつ政治思想としての毛沢東思想を現在も堅持する中国。これこそが「中国の特色ある社会主義」と言われるゆえんである。
  現在の中国共産党は指導思想として、「マルクス・レーニン主義」「毛沢東思想」そして「中国の特色ある社会主義理論主義体系」を掲げている〔195〕。「中国の特色ある社会主義理論体系」には、「鄧小平理論」(鄧小平)、「三つの代表」(江沢民)、「科学的発展観」(胡錦濤)が含まれている。つまり鄧小平以降の現代中国においても、毛沢東思想は極めて重要な指導思想であり、行動原理なのである。
  毛沢東個人の戦略を歴史的に鑑みれば、その毛沢東は文芸批判から延安整風や文革を発動したように、目的の曖昧な行動をとった試しがない。毛沢東のやり方は「有的放矢」(すなわち的を定めて矢を放つ)なのである〔196〕。ゆえにベトナムおよびインドネシアの例もまた単純な外部介入・干渉とは言い難く、それは先に解説してきたとおりである。冷戦期の外部介入の一例であったとしても、今後の中国を考えるうえで単純に過去の出来事と切り捨てることはできない。
  現代中国の長期的な戦略――現在の中国において示されたビジョンでは「中國夢」という「中華民族の復興」――を見据えるうえで、長々と述べてきた民族主義的宇宙観と中国共産党における理論的継続性を背景に、前例を参考とした考察を重ねていくことは必要であろう。その上で今後の北朝鮮と重なる状況の参考例をベトナムとインドネシアの例に求めれば、その経過は示唆に富んでいると言える。

5.4. 習近平に見え隠れする毛沢東思想の影響

  話をまとめれば、現在の中国においても、民族主義的宇宙観と毛沢東思想に基づく冷戦時代の「前例」は有効である。また最高指導者である習近平は、紅衛兵世代であり、政治経験は中越戦争の前後から開始――という点で毛沢東思想の影響を受け、さらに現在は腐敗対策などで大衆アッピールを積極的に行うなど〔197〕、理論派エリートよりも大衆運動を信用した毛沢東に近い政治路線である大衆路線――正確には群衆路線と言った方が正しいと思われる――を採用している。鄧小平は、1981年6月27日から6月29日まで開催された中国共産党第11期中央委員会第6回全体会議(第11期6中全会)で、文化大革命など中国建国以来の毛沢東路線が引き起こした歴史的な事件について全面的な総括を行った際に毛沢東思想をも総括している。その中で、毛沢東思想とは3要件からなり、その3要件とは①實事求是、②群衆路線、③独立自主・自力更生――であると喝破している〔198〕。そしてその思想自体は繰り返し述べてきたように、全否定はなされていない。
  その上で言えば友好的な相手を中華世界の同胞と捉えるかのごとき民族主義的宇宙観と、毛沢東的世界観で政治環境を認識する習近平にとって、北朝鮮で中国との窓口となり中国東北部の中国の対外開放政策にプラスとなるであろう経済改革を行おうとしていた張成沢の粛清は、インドネシア・ベトナムにおける華僑弾圧と重なって見えるであろう。であるがゆえに2つの前例は、中国の今後の行方を考える上でこれらの事例は極めて参考になると言える。

(続く)




※187 『実践論・矛盾論』
  (毛沢東,岩波文庫,1957年)
※188 われわれの学習を改革しよう(一九四一年五月)
  (『毛沢東選集』第三巻,1941年5月,外文出版社)
※189 調査研究
  (『毛主席語録』,1966年,外文出版社)
※190 革命、そして革命…
  (エドガー・スノー,朝日新聞社,1972年)
※191 今日の毛沢東路線と国際共産主義運動
  (1967年10月10日『赤旗』)
※192 6月2日:鄧小平給予最有力的支持,第九章 先鋭對立的20天
  (葉永烈,『鄧小平改變中國:1978,中國命運大轉折』,四川人民出版社,2012年9月)
※193 “文化大革命”的十年,關於建國以來黨的若干歷史問題的決議
  (中國共産黨第十一届中央委員會第六次全体會議,1981年6月27日)
※194 曹火星作『沒有共産黨就沒有新中國』,1943年
※195 中國共産黨第十八次全國代表大會關於《中國共産黨章程(修正案)》的決議
  (2012年11月14日,新華社)
※196 田中角栄の迷惑、毛沢東の迷惑、昭和天皇の迷惑
  (矢吹晋,21st CHINA QUARTARLY,21世紀中国総研)
※197 『知中論 理不尽な国の7つの論理』
  (安田峰俊,星海社新書,2014年9月)
※198 毛澤東同志的歷史地位和毛澤東思想,關於建國以來黨的若干歷史問題的決議
  (中國共産黨第十一届中央委員會第六次全体會議,1981年6月27日)












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