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金正男暗殺! 老子党(おやじ党)へのチュチェの旗



  昨日2017年2月14日、金正男がマレーシアで暗殺された。言うまでもなく北朝鮮の第2代最高指導者である金正日の長男で、第3代最高指導者の金正恩から見て異母兄に当たる北朝鮮の要人である。当記事の執筆段階(2月15日未明)では、情報も錯綜し、各国の公式表明も出揃っていない。そのため具体的な考察は、ここでは避けることとする。直後の雑感と言えるものを箇条書きにして列挙したい。

  金正日死去以降、張成沢粛清、水爆実験の実施など、北朝鮮関連の重大ニュースは年末年始に集中する。これは「光明星節」〔1〕と呼ばれる金正日の誕生日が、2月16日であることと無縁ではないだろう。少なくとも今回の事件が、光明星節に金正恩への貢物だった可能性は高い。

  ただ暗殺の実行日が、前日2月15日ではなく「2月14日」というのは非常に興味深い。この日は、中ソ友好同盟相互援助条約の調印記念日でもあるからだ〔2〕。ここに「老子党(おやじ党)」の干渉に対するチュチェの旗の意志を感じ取るのは如何だろうか。

  当BLOGでは、「減速する中国の外交力と周辺地域動向」として連載記事を書き、張成沢粛清事件を通じて、中朝関係の悪化を指摘してきた。そしてそれが、中ソ対立の前段階である高崗の粛清劇と似通っていることについても言及した〔3〕〔4〕。高崗は親ソ派の代表格であり、中国東北部の地域運営についてソ連の介入に積極的であった。

  中ソ蜜月期に結ばれた中ソ友好同盟相互援助条約は、やがて中ソ対立のなか失効することとなる。中ソ対立の根本原因は、中国で「自力更生」「独立自主」を掲げる毛沢東思想の存在、老子党(おやじ党)を気取る大国盲従主義への批判、そして「(本来の革命精神を忘れた)ソ連修正主義」「(介入主義的な)ソ連社会帝国主義」への批判であった。

  当時の毛沢東の志向性が、北朝鮮の国家理念であるチュチェ思想に重なるのは筆者だけではあるまい。チュチェ(主体)の概念は、中ソ対立激化の最中である1965年4月に、金日成がインドネシアで行った演説「朝鮮民主主義人民共和国における社会主義建設と南朝鮮革命」に始まる〔5〕。一国の独立には「思想における主体」「政治における自主」「経済における自立」「国防における自衛」が欠かせないと説き、それを理論化・固定化させることで北朝鮮の国家理念となった。

  今回の金正男暗殺が、中ソ友好同盟相互援助条約の調印記念日に実行されたことを中国は鋭敏に感じ取ったはずである。と同時に中国は、北朝鮮に対して「老子党(おやじ党)の干渉に対抗する」という「自力更生」「独立自主」の意図の存在を感じたはずである。まして金正男は、中華圏に自由に出入りして朝鮮半島の将来について語ったり、世襲に反対するコメントを海外報道陣に発していた人物である。かつて張成沢も、市場経済の導入を志向し粛清される以前に、金正男を後継者として支持していたとされる〔6〕。北朝鮮が中国式の国家体制に移行する場合、最も使役しやすい人物であったことは想像に難くない。

  今回の暗殺事件が金正恩の意志であるならば、始動して5年余りを越えた金正恩体制が、明らかに「初期金正恩体制」の段階から変容を開始したと言える。金正日死去後の混沌とした政権中枢を、安定化させるために避けて通れない事件であっただろう。

  一方で今回の暗殺事件は、今後の北朝鮮内部の動向についても非常に大きな示唆を残した。少なくとも現在の金正恩にとっては、金正男を処分しておかねばならない事情があるということを示している。すなわち北朝鮮の現政権内部に、いまだ金正男を担ぎ賛同・協力する勢力が残存していることをうかがわせる一件でもあった。いずれにせよ、危険水位の上昇が進んでいることは疑いようがない。

  余談。「金王朝」と言われることもあり宮廷内闘争の色彩が強い点が、非常にアジア的であるとの印象を受けた。加えて、カリスマ死去後の数年間、後継をめぐり激烈な粛清劇が繰り広げられ、そのなかで強権的な手段が採用された事例について。東洋の共産主義国家でこれを考えた場合、言うまでもなく前例となるのは毛沢東死去後の中国だろう。そこから目を転じ、先述の「老子党(おやじ党)」批判。大国への盲従主義を批判し独自の社会主義の建設を呼びかける毛沢東は、1956年4月25日の政治局拡大会議で「十大関係論」を発表している。同論文が『人民日報』紙上で明らかにされたのは、毛沢東死去3か月後の1976年12月26日だった〔7〕



※1 挑戦將金正日生日定為“光明星節”(2012年1月12日『感球網』)
※2 Договор о дружбе, Союзе и взаимной помощи между Союзом Советских Социалистических Республик и Китайской Народной Республикой
※3 減速する中国の外交力と周辺地域動向(1)
※4 減速する中国の外交力と周辺地域動向(2)
※5 金日成演説「朝鮮民主主義人民共和国における社会主義建設と南朝鮮革命について」(1965年4月14日、インドネシアのアリ・アルハム社会科学院で行った講義)
※6 第3章 朝鮮半島――先軍政治強化と「グランド・バーゲン」提案,東アジア戦略概観2010,防衛省防衛研究所
※7 論十大關係――毛澤東(1956年4月25日政治局拡大会議で発表、1976年12月26日『人民日報』で公開)













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  1. 2017/02/15(水) 18:00:09|
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